日ロ戦争の終戦協定を画策した小村寿太郎のことを知っている人は少なくないと思います。
小村は、日ロ戦争を日本の勝利で終わらせるために米国に働きかけ、ポーツマス条約を締結しました。
しかし、ポーツマス条約にはロシアからの賠償金がなく、ポーツマスのホテルの一室で小村は号泣したそうです。
しかし、それも日本の国益を考えてのこと。
日本に飛行機で帰り着いた小村に対し、罵詈雑言が浴びせられ泣き崩れた小村を事情を知悉していた伊藤博文らが両脇に抱えて官邸に連れ帰ったそうです。
今でこそ日露戦争の勝利は他の植民地諸国に対しても大きな影響力を与えたものと讃えられています。
しかし、当時の小村寿太郎にとっては耐え難い屈辱であり、事情を知らない日本国民は小村宅に投石もしたそうです。
安易な保身のために将来の国益をまでも簡単に犠牲にしてしまい、ロシアからも足下を見られる現政権。
もし、少しでも戦略的な発想が働けば、日中両国の対立がもう少し激化したところでアメリカに仲裁を頼み、3国のメンツを保ちながら和解ができたのではないかと考えています。
私自身が官房長官だとしたら・・・到底そのような英断はできなかっただろうと考えると、安易な批判はできません。
しかし、日本が西欧に列することができた背景に、わが身を捨てて国益に尽くした日本人がいたという歴史を彼らが知っていたのかどうかを、私は問いたいと思います。


by turusenba
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